やりたかったことはUXじゃないかと気づいた話

今まで、Flashを作ったりHTMLを書いたりアクセス解析をしたりしていましたが、なんとなくそれらの経験が繋がったような気がしました、という話。

HTML(やCSSやJS)を書いてたときは、文字で作った構造がビジュアルになるのが楽しかったし、Flashをやってたときはデザインとインタラクション(とその仕組みになるスクリプト)が一体になっていることが、没頭するくらい楽しかったです。

それから、ただ作るだけじゃダメだなと思うようになり、解析をやり始めました。といってもGoogleアナリティクスに詳しくなったという程度でしかないけど、その構造や仕組みやインテリジェンスを理解するにつれ、これもまた楽しくなってきました。

でも、いつの間にか解析から離れ、またHTMLとかに戻ってくることになりました。HTML5やCSS3といった文脈で、マークアップや制作の楽しさを再確認していたところでした。ちなみにHTML5とCSS3は一体じゃなくて、別にHTML4でもCSS3はブラウザによって動くんだからセットでやる必要はないと思ってます。ただHTML5だとデザインとコードの分離がよりキレイにできるようになったから、「id要素はHTML構造を示す」「cssクラスは装飾を示す」「data-*要素はコードで利用することを示す」と言った感じで分離するといった書き方を底上げして薄ら笑いしたりしています。

で、本題。

制作した結果を改善するために解析をしていたんだけど、解析にはまればハマるほどにデータがすべてで、もっと沢山のデータを扱いたいという風に思うようになります。ビッグデータとかアトリビューションとか、そういう流れに乗って、コンバージョンレートを高めることがすべてだと思うようになっていきました。

けど、また制作に戻ってよかった、と思うのは、コンバージョンは結局ユーザの行動によってデータがたまることでしかない、と、最初の最初に戻った気づきを得られたことです。何を言っているかというと、開発とかマーケとかをやっていると、実際の画面を使うユーザの顔は、想像や調査で得たペルソナでしかなかったので、データを重視するあまり、対峙しているのがユーザ(=人間)ということの実感が遠くなっていった気がしていたのです。

で、なんとなく引っかかっていた「ユーザエクスペリエンス」というフレーズ。「ユーザエクスペリエンスのためのストーリーテリング」とか「UXD」とか、まあ色々な本を読んでみたけど、なんだかしっくり来なかったのが、今日電車の中でふと気づきました。

解析で目指していた「最適化」は、データの最大化じゃなくてユーザの最適化だ、と。

そう思ったら、ユーザエクスペリエンスは「向上」じゃなくて「最適化」を目指すべきだ、と思えました。どういうことか。解析の文脈で言うと、「個別最適」です。全員に同じUIを提供して体験の最適化はできないんじゃないか、ということです。

ユーザエクスペリエンスはユーザビリティやユーザインタフェースの一部や、あるいはデザインの一部として認識されやすいかと思うんですが、「体験」ってそんなもんじゃない。

リッツカールトンのクレドや、加賀屋のおもてなしの心や、ディズニーランドのキャストの振る舞いといった、「ガイアの夜明け」で紹介されそうなほどの圧倒的な「気配り」。それはマニュアルに則った上で接客係の、自らの判断でお客様ひとりひとりに最適なサービスを提供することによって成り立つ「体験」って、コンテンツだけで出来ることじゃないし、デザインだけで出来ることでもない。それらを知り尽くした上でさらに先を行く価値を提供しないといけないんだなあ、と、ガツーンと気づいたのです。

UXを向上するならUI改善だけでいいだろうけど、目指すのはその先、最適化レベル。たぶんそれは、デザインだけでなく、制作だけでなく、解析(データの扱い方)もマーケティング(データの集め方)も、集客や接客や、複合的な要素を全部飲み込んで腹落ちするインタフェースに落とし込むことかもしれないなあ、と思いました。

まだやれることはあるな、と思ったと同時に、制作や解析でレベル20以上だったのにいきなりレベル1に戻ったような、変な感じもあります。

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